Opera Report

オペラ公演、映像の感想など

2016.4.6 新国立劇場「ウェルテル」

新国立劇場 オペラパレス 14:00開演

 

意外にも、日本での上演回数が少ないマスネのオペラ「ウェルテル」。原語フランス語での舞台付きの本格的な上演は、新国立劇場が2002年に上演したのが最初だったという。サッバティーニ、アントナッチ、デ・カロリスという、五十嵐監督時代らしい豪華な、しかしイタリアンな顔ぶれである。そして今回が2回目。この劇場が、日本の「ウェルテル」を独占している。

 

”意外に”と最初に書いたのは、DVDなどの映像で触れる機会が決して少なくないオペラだから。特に最近は、カウフマンが主役を演じ、コッシュ、テジエらがプラッソンのタクトの下で歌ったパリ・オペラ座の映像が、”カウフマン・ファン”の間だけではなくオペラ界で大きな話題になった。

実はこの公演を生で見ており、プラッソンの血の通った指揮、自然なフランス語のディクション(フランス人がほとんどだから当たり前か)、オーソドックスながら美しい舞台装置、メランコリックなカウフマンのウェルテルに喝采を送ったものだった。

 

題材は、言わずと知れたゲーテの「若きウェルテルの悩み」。シューベルトの歌曲集なんかもそうだが、今の時代だと「中二病」と揶揄されてしまいそうな内容。しかし、当時この”ウェルテル”が当時の若者の心をつかみ、”ウェルテルぶる”ことが流行となったという。彼を模倣して、自殺まで流行ったというのだから、本物のムーヴメントである。

 

指揮者は当初、マルコ・アルミリアートと発表されていた。あのテノールのファビオ・アルミリアートの弟で、ウィーン国立歌劇場やメトの常連、オペラの職人的人気指揮者だ。しかし彼の降板が12月に発表された。理由は「本人の都合」。どういうことなのかはわからない。ちなみに、3月3日には、今回シャルロットを歌ったマクシモワが、ロジーナ役で出演したウィーン国立歌劇場セヴィリアの理髪師』を振っている。

そして代役として立てられたのがミシェル・プラッソン。そう、あのミシェル・プラッソンだ。フランスオペラ、特に『ウェルテル』ではクラウスとの名盤を残し、フランスオペラ界の生ける伝説と過言ではないプラッソン。彼が指揮すると聴いて、チケットを買いに走った方も多いのではないだろうか。例のパリ・オペラ座の公演も、彼の指揮で大成功を収めた。

もともと予定されていた人よりも、代役の方が大物、というパターンはたまーにあること。12年前の『道化師』も、カニオ役がセルゲイ・ラーリンからジュゼッペ・ジャコミーニ(!)に代わって狂喜乱舞したものだ。さすがに年齢を重ねてコントロールが不安定ではあったが、切れ味抜群のドラマティック・テナーは圧巻であった。

今回もそのパターンか!とウキウキしていたら、なんと転倒して腕を骨折したという残念なお知らせが。ここで登場したのが息子のエマニュエル・プラッソン。お恥ずかしながら見たことも聞いたこともなかったが、新国のバレエを過去に2回も振っている方らしい。

さて、このエマニュエルさん、動きを見るとかなり四角い動きなのだが、聴こえてくる音楽はしなやかなもの。テンポは、メリハリをつけてイキイキと、というよりはじっくり歌いこませていくタイプ。特にウェルテルの最も有名なアリア「春風よ、なぜ僕を目覚めさせるのか」では、一音一音を噛みしめるような速度で、ウェルテルの感情を吐露させていた。ただ、1,2幕のオーケストラはやや緊張感に欠け、ソロをはじめピシっと決まらないところがあったことは否めない。

 

実はタイトルロールも事前に変更が伝えられていた。当初はマイケル・ファビアーノという31歳の米国人が歌う予定だったが、「芸術上の理由により」降板した。しかし、調べてみると4月9日にパリ・オペラ座で『リゴレット』のマントヴァ公爵を歌っている。ネットで調べればこれぐらいのことは分かってしまう現代社会、怖いですね。

そして、次に名前が挙がったのがマルチェッロ・ジョルダーニ。中堅、と呼ぶにはやや歳が行き過ぎているイタリアのテノール。日本でも何回か歌っているし、METのライブ・ビューイングなどでもお馴染みの、言わば有名どころ。しかし、私としては彼がウェルテルというのは、しっくりこなかった。

彼も”交通事故”という災難に見舞われ、来日不可能に。このプロダクション、呪われているのではないかと思ってしまう。

そして最終的にロシアの若手ディミトリー・コルチャックに白羽の矢が立った(不吉な言い回しで失礼)。今年10月、マリインスキー歌劇場の『エフゲニー・オネーギン』で日本デビューするはずであったが、奇しくも今回の『ウェルテル』が日本初舞台となった。

結果として、彼で良かったと思う。音程が不安定な部分も多く、フラストレーションを感じるところがないでもないが、決めるところは決めてくれる。そしてこの若さで甘めの顔だち。マダムたちの心に響いたのではないだろうか。

指揮者、主役というオペラの2大主要人物が2回も変更になるというハプニングがあったが、これもオペラという生ものを観る上での一興。劇場関係者の方々には頭が下がります。

 

シャルロット役を歌ったエレーナ・マクシモワは深い声を持ったメゾ。2幕以降、最も聴衆の共感を得たのは彼女ではないだろうか。声量もあり、説得力のある表現、美貌も相まって、リアルなシャルロットであった。次回新国立劇場に登場するのは『カルメン』のタイトルロールとのこと。妖艶なカルメンを観られそうで期待が高まる。

アルベール役のアドリアン・エレートは、2月の小澤塾『こうもり』でアイゼンシュタインを歌っていたバリトン。この数か月、日本に居すぎじゃないか!と思ってしまうが、今回も気持ちのよい歌唱を聴かせてくれた。アイゼンシュタインとは対照的な真面目な役だが、きっちりかっちり、真面目なビジネスマンの風格があってよかった。

ソフィー役には砂川涼子。この役には贅沢な歌手のような気もするが、チャーミングで気の回る可愛いソフィーを演じていた。

子どもたちが大好きなお父さんの面白いお友達、シュミットとジョアンは村上公太森口賢二。この2人も存在感充分。演出上、比較的真面目なキャラ設定だったが、この2人ならもっと崩しても上手くできたのでは?

 

今回新制作のこのプロダクション。ニコラ・ジョエルのオーソドックスで落ち着いた舞台が好印象であった。1幕の新緑、3幕のソフィーの家の落ち着いた色味のインテリアが目に残る。

 

今回の日本デビューで話題となったコルチャックのこれからの活躍に思いを馳せながら、春の夜の中、帰途についた。この季節に観る「ウェルテル」、いいものだ。